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庄内地方は、独立峰の秀峰鳥海山、出羽三山の主峰月山などの名山を仰ぎ、美田の広がる沃野と日本海に面した庄内浜、鶴岡・酒田という異なる文化の街がそれぞれに織り成す表情豊かな豊穣の大地です。山紫水明という表現がこれほど似合う土地も少ないかもしれません。 江戸時代に徳川四天王と呼ばれた酒井家が治めた鶴岡市、北前航路の主要な港だった酒田市はそれぞれ武家文化、町民文化という対照的な文化をこの地で育んできました。  一方で、全国的にも著名な庄内米の一大産地でもあり、そうした日本的な趣、風情、色合いがこの地の最大の特徴ともいえます。旧きよき時代の日本が、この地にはまだまだ色濃く残っています。

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うどんは海外でも大人気!

欧米などの日本食ブームによって、日本食レストランのみならず、レトルトや冷凍麺がスーパーマーケット等で販売されはじめており家庭料理としても一般的になりつつあります。

香港では「烏冬麵」と書いて、広東語読みで「ウードンミン」と発音します。香港の日本料理店で使われ始めた表記ですが、現在では中国大陸でもみかける表記となっています。他に「烏龍麵」という表記が使われる場合もありますが、これでは読みが「ウーロンミン」と訛ります。台湾では烏龍麵、もしくは烏龍湯麵という名称で親しまれています。スープはやや現地化されていますが、基本的には日本のうどんと大差はありません。大韓民国では20世紀前半の日本統治の経緯から、現在でも日本式のうどんが우동(ウドン)の呼び名で知られ、韓国人の好きな日本料理の三番目に位置しています。しかし、だし汁にコショウが入っているのが普通で、味は似て非なるものが多いようです。一方、釜山周辺では日本のうどんと同様のだし汁に、キムチを盛ったウドンがあります。

ベトナムのホイアンには「カオラウ」という小麦を原料とする太麺の料理があり、17世紀前半の朱印船貿易時代の伊勢商人が持ち込んだ伊勢うどんをルーツとする説があります。ハワイは、明治から昭和初期にかけて多くの日本人の移民先となっており、サイミンと呼ばれる麺料理が存在します。現在では中華麺が用いられていますが、だしの味は明らかに和風であり、日本人を中心とした各国の移民たちの交流の中で形成されていった料理であると考えられています。パラオは、戦前に日本の委任統治を受けていた事により、UDONと称する麺料理があります。日本のうどんと同様の醤油味ですが、沖縄そばの影響か汁は少なめで、また現地で入手しやすいスパゲッティの麺が使われている点に大きな特徴があります。

2009年に日本を訪れた外国人旅行者を対象に日本政府観光局が行った調査では、日本を訪れた外国人観光客が特に満足した食事のアンケートで寿司、ラーメン、刺し身、天ぷらに次いで5位にランクインしています。

日本各地のご当地うどん

各地域で食べられているうどんには小麦の生産される土壌、気候、醤油などの醸造業や漁業などの地場産業、流通を担う商人などの存在により、その地域独特の郷土料理となっているもの、また村おこしの一環として地域の名物となったものなど様々な種類があります。そんなご当地うどんをご紹介致します。

【豪雪うどん】 豪雪うどんは、北海道倶知安町の名物うどんで、土産物の定番品となっています。元々は農家の家庭料理で、麺の主成分がジャガイモデンプンのでんぷんうどんです。倶知安の土産物の定番品としても販売され、親しまれています。地元の名産品「男爵芋」を使用することで地域活性化にも貢献しているようです。うどんの原料は通常ならば小麦粉ですが、倶知安町はジャガイモの一大産地で、小麦よりも容易に入手が可能でした。ジャガイモから精製されたデンプンを使用する家庭料理の定番品として、古来より使用され振舞われていました。名称の「豪雪」は、倶知安町が北海道有数の豪雪地帯であることに由来し、さらに白く透き通った麺を雪に見立てたもの。豪雪うどんは、釜揚げうどんには不向きで、一度冷水にて麺を引き締めなければなりませんが、茹で上がりはプリプリとした食感と白く透き通った麺が特徴です。

【ひっぱりうどん】 山形県内陸部、特に村山地方におけるうどんの食べ方の一つです。茹で上がったうどんを釜や鍋からすくい上げて、そのまま納豆やサバ缶などで作ったたれで食べるスタイルのうどんです。「ひっぱる」の意味は、釜からうどんを引っ張るから、納豆の糸をひくからなど諸説あるようです。地方によっては「ひきずりうどん」「ひっぱりあげうどん」「つっぱりうどん」などと呼ばれています。家庭によってはうどんを素麺に置き換えて「ひっぱりそうめん」として食するケースもあります。冬が厳しい山形県内陸部では、非常時に備え家庭でも保存食として乾麺や缶詰などを常備していました。また、農家が多い事から自家製の納豆が身近にあり、それらの保存食を混ぜ合わせ食べたのが、「ひっぱりうどん」の始まりと言われています。

【おっきりこみ】 おっきりこみは、煮込み麺料理の一種で、群馬県や埼玉県北部・秩父地方の郷土料理です。農山漁村の郷土料理百選に選出されています。おっきりこみの原型は、中国から伝来し京都の宮中で食べられていた料理です。12世紀に上野国新田荘を開発した新田義重が、宮中の食材を管理する大炊助として務めていた際に習い覚えて、本拠地の上州に戻ってからも好んで食べ、一族に伝えたとされています。地域によって多少の差はありますが、麺は小麦粉で作った幅広のものを用い、生麺のまま野菜を中心とした具とともに煮込んだものです。つゆは味噌ベースのものと醤油ベースのものがあり、具には根菜類がよく使われています。二毛作での小麦生産が盛んな地域では、うどんなどの粉食料理を常食する文化が根付いており、おっきりこみもそのひとつです。

【桐生うどん】 桐生うどんは、群馬県桐生市とその周辺地域で生産され食べられているうどんです。群馬県は小麦の生産量が多く、おっきりこみや焼きまんじゅうなど粉食文化が根付いており、うどんはソースカツ丼と並ぶ桐生地域の郷土料理となっています。桐生うどんは、やや太めの麺が特徴で、桐生産のキノコを入れた「きのこうどん」や、麺に絹粉を加えた「絹うどん」などがあります。「ひもかわ」と呼ばれる幅の広い平麺があり「帯うどん」とも呼ばれています。1992年3月に発足した「桐生手打ちうどんうまかんべ会」や、1998年9月に発足した「桐生うどん会」は、桐生市とその近郊に所在するうどん店や製麺所によって組織され、新商品の開発などを行っています。足利市の「足利手打ち蕎麦切り会」や、太田市の「上州太田焼そばのれん会」などとともに両毛地域の粉食文化の振興に努めています。桐生市川内町には、うどん打ちを体験できる「桐生うどんの里」があります。

庄内特産の『とのめうどん』

うどんは、祝い事に際して振る舞われる「ハレ」の食物として古くから日本全国で食べられてきました。江戸時代の江戸の市中において、うどんは一般に普及していました。特に江戸前期にはまだ麺類としてのそばが一般に普及しておらず、そばがきとして食べられていたことから、麺類としてはうどんに人気があったようです。しかし、後に麺類としてのそばが普及したこと、そばとそば屋が独自の文化を育む母体となっていったこと、脚気防止のためにそばが好まれたことなどの理由により、うどんは江戸における麺類の主流としての地位をそばに取って代わられました。

現在の関東地方は、武蔵野を中心として、「武蔵野うどん」をはじめとするうどん専門店も多いようです。実際、2004年度のうどんの生産量でも1位は讃岐うどんで知られる香川県ですが、2位は埼玉県で、群馬県もベスト5に入っています。これらの地域では二毛作による小麦栽培が盛んで、うどんは日常的な食事だったのです。うどんは、かけうどんや付け麺にして食べられる事が多いようです。大阪、京都を初めとする近畿圏内ではうどんは麺類の主役として、今も老若問わず根強い人気を誇っています。近畿地方から採れる地下水は主に軟水で昆布との相性が良かったため、関西、とりわけ大阪では麺よりだしに重きを置き、うどん玉はだしを吸いやすいしなやかで柔らかい麺が好まれるようになりました。

20世紀後半から21世紀初頭にかけて4回の讃岐うどんブームがありました。また、讃岐うどんを供するチェーン店が日本各地にオープンしています。香川ではうどんの専門店が多く、そばとうどん両方を供している店は少ないそうです。現在でも大阪では「うどん屋」が多たくさんあります。これは近世以前より近辺には播磨や河内など良質の小麦産地が多く、美味しいうどんを作るのに最適な条件だったことによるようです。京都では「うどん屋」も多い一方で、近隣の丹波地方でそば作りが盛んだったため蕎麦食文化も根付いており、専門の「そば屋」も多いようです。出石そばをはじめとする丹波の蕎麦食文化は、江戸時代に信州から導入されたものだといいます。江戸時代には既に西と東の物資の交流は盛んで、「富士見酒」などは、その代表。